人々の経済力がつけば、院号を求める人が増えるのも道理である。それがなぜ問題かというと、戒名は世俗の身分差別と表裏一体だからである。上があれば下がある。戒名が歴史的に身分差別の道具であった証拠として、差別戒名の問題を避けては通れないだろう。人々を平等に救うはずの徳川時代の寺は、被差別部落の人々に特定の文字を含んだ戒名をつけたのだ。宗教学者は、明治どころか一九八〇年代になっても差別戒名の事例があったことを指摘し、院号のついた戒名はゴールドカードみたいなものだと述べている。戒名は墓や位牌に刻まれてずっと残る。院号の乱発も墓の建立ブームと無関係とはいえないだろう。とはいうものの、見栄に投資できたのもバブル期までだった。人の習慣は永遠不滅のようで、変わるときには急激に変わる。バブル経済が崩壊し、元号が昭和から平成に変わったのちの一九九〇年代の中盤、結婚式と葬式は、まるで申しあわせたかのように、そろって大きな地核変動を起こすのである。
お正月の飾りとしておなじみだが、注連縄、七五三縄、標縄などと書かれ、本来は浄と不浄を分けるものとして神聖な場所を区切って示し、正月に限らず日本伝統の儀式には欠かせないものである。お正月に飾るのは、門前や玄関などの入り口で魔除けにするためと考え、マンションなど共同住宅では、自分の家の玄関ドアや表札のそばに掲げればいい。その年に収穫した稲の藁を使い、左ひねりに撚って紙幣を挟んで下げてあるのが最低のルール。あとはさまざまな縁起物の飾りがつくごとに豪華になっていく。これを飾るのは、二九日だと「苦飾り」、三一日だと「二夜飾り」といって嫌われるので、せめて一二月二八日には飾りつけを終えたい。これは門松や鏡餅についてもいえることである。
退職することを決めたら、まず気をつけなければならないのは「誰に最初に言うか」。原則は直属の上司であり、その人以外の人にペラペラとしゃべらないこと。前に所属していた部の上司や、直属の上司の上の役職者に相談したい場合もあるかもしれないが、「○○さんやめるんだって?」と自分の部下の退職を他人から知らされた上司の気分はとても不愉快だ。また、上司に一言も告げていない段階での書面は「退職届」ではなく、あくまでも意向を伺うという形の「退職願」。上司と話し合って退職が決まったら、折り合いのつく時点で時期を相談する。退職までの間には仕事を後任担当者にきちんと引き継ぐこと。業務上知り得たデータ資料は、取引先の名刺などもすべて会社に残し、絶対に自分のものとして持ち帰ってはいけない。